春の桜にご用心





今日は……、暇だ。
大学は春休みだし、サークルもバイトも今日は休み。
悲しいかな、彼女はいない。
バイトがあるから、実家には帰れない。
ま、つまるところものすごく暇な一日なわけだ。
家にいてもすることがないので、外を出歩くことにした。




が。
外へ出たところで、暇に変わりはない。
仕方ない、家に帰って寝るか。
ということで、家路についた。
………………?
ふと、背後に気配を感じた。
振り返ると、サングラスとマスクで顔を隠したいかにも怪しげな男がいた。
怪しい上に、ものすごく目立っている。そうか、わざと目立たせて、髪形や背丈の印象をなくそうという魂胆か。そして、俺に何かしようとするんだな。犯人の裏を読めるとは、さすが俺!
とりあえず、歩くスピードを早くしてみる。案の定、犯人のスピードも速くなる。
ならば、駆け足だ。犯人も、駆け足になる。
む、なかなかやるな。全速力で走れば、さすがについては来れまい。
後ろをちら見すると、犯人が猛スピードで俺に迫ってくるではないか。
「うわあぁぁぁぁあああぁあぁあぁぁぁぁぁあああ!」




無我夢中で走っていると、いつの間にか犯人はいなくなっていた。
どこをどう走ったのかは知らないが、家の近くにいた。
久しぶりに走った気がする。
川沿いに咲いている桜を眺めながら、家へと向かう。
桜って、綺麗だよなぁ。
そう思いながらしばらく歩くと、家のすぐそばまで着いた。
俺が今暮らしているのは、アパートの5階にある1Kの部屋だ。
なんとなく、ふと部屋を見上げる。
ベランダの窓から、部屋の中が見える。
ああ、あんなところにも桜が。綺麗だな。
…………………………。
…………………………?
…………………………!?
何で?何で俺の部屋の中であんな立派な桜が咲いているんだ?
目をこすって、もう一度見てみる。しかし、目に映る光景に変化はない。
そんなバカな。部屋を出たときにはそんなものはなかった。サクランボも当分食べた記憶はない。曲なら聴いているが。
5階まで駆け上がり、ドアの前に立つ。ドアを開けるだけでこんなにも緊張することはもう二度とないだろう。きっと、就職活動で面接会場に入る前にドアを開けることよりも緊張しているだろう。
恐る恐るドアノブを回すと、あっさりとドアは開いた。
ちょっと待て。鍵をかけて出かけたはずだぞ。開けられるのは、俺か大家かだけだ。しかし、大家がこんな悪質な悪戯をするはずがない。まあ、ちょっと変わった人ではあるが。
部屋の中へ足を踏み入れる。8畳の部屋のほぼ中央に、桜の木はしっかりと生えている。触れてみても、CGやホログラフではないことが分かるだけだ。
桜の木は、天井ギリギリの高さだからそこまで高くはない。しかし、花の数は相当のものだ。いうなれば、樹齢の結構いっている木を幹の部分だけ異様に低くした感じ。それほど、たくさんの花が咲いている。木は低いのに。
しばらく、部屋の中の満開の桜を眺めていた。綺麗だが、生活をする上では邪魔のことこの上ない。さて、どうしたものか。
そのとき、急にドアが開いた。誰だ、ノックもなしに俺の部屋に勝手に入ってくるのは?あ、でも、大家だったらヤバイな。
振り返ってみると、例のサングラスとマスクの男だった。
何か盗みに来たのか?それとも俺を殺しに来たのか?俺、何かやったっけ?っていうか、その前にこの異様な状態に気づけよ。普通、部屋の中で桜は咲かないだろ。
男はドアの鍵をかけ、こちらに振り向いてこう言った。
「私は桜の精だ」
「ウソつけや」
「本当だ。……ああ、そうか。サングラスとマスクが私を怪しく見せるのか。いや、私は花粉症だからな。こうして予防しているのだよ」
「どっちにしろ怪しいし。その前に、植物の精のくせに花粉症なのは明らかにおかしいだろ。そもそも、『何かの精』って言うのはかわいらしい女の子とかが普通だろ」
「人間と同じで、いろいろなのがいるからな」
「あー、何でこういうのが来たのかなあ」
「おい、聞こえてるぞ」
「で、何の用だよ。っつか、この桜の木をどこかにやれ」
「どこかにやるのはできないよ。一応、この木も私なんだからね。まあ、お茶でも入れて桜もちでも食べながら話そうじゃないか」
そういって、桜の精はどこからともなく桜もちを出してきた。大皿に大量に盛ってある桜もちは、見ただけで甘そうだ。
「どこから持ってきたんだよ。まさか、盗んだんじゃないよな?」
「もちろん。これは、私の手作りだよ」
「……………………」
「ああ、そうだ。私が作った特製のお茶があるんだったな。それを入れよう。さて、台所を借りるぞ」
自称・桜の精は、勝手に台所へと向かっていった。




「おっ、美味しいな、このお茶。桜もちも美味しいし」
「だろう?さあ、もっと食え」
「で、何の用なんだよ?」
「ああ、実は頼みがあって来たんだ」
「頼み?」
「実はな……、迷子になってしまってな。高円公園はどこにあるか教えてくれないか」
「………………」
「どうした?知らないのか?」
「…………迷子、だ?」
「そう、迷子」
「どうすれば迷子になんかなるんだよ」
「私が方向音痴だからだ」
「…………質問を変えようか。どうして動く必要があったんだ?」
「ああ。実は、桜の精のアイドル・ナンシーちゃんのコンサートが近くの桜の名所であったんだよ!運よくチケットが手に入ってね、行ってきたんだよ。あ、ナンシーちゃんは君が最初に言ったようなかわいらしい女の子でね、今大人気のアイドルさ。ナンシーちゃんのコンサートチケットは販売開始1分もしないうちに売り切れちゃうからさ…………」
「………………」
自称・桜の精のナンシーちゃん講座はおよそ20分続いた。
「で、まあ、そのコンサートの帰りで迷子になってね。彷徨ってたら君が暇そうに外へ出るのが見えたから、助けてもらおうと思ってさ」
「…………………………」
手に持っていた桜もちが、潰れた気がする。
「高円公園は、すぐそこに見える川を渡ってすぐのところだ」
「………………」
「……………………」
「…………………………」
「…………………………え?」
「高円公園は、すぐそこに見える川を渡ってすぐのと・こ・ろ・だ!!」
「……………………ははははははは……」
「笑えるか!」
「さて、私はこれで帰るとするか」
「勝手に帰るなよ。せめて、花びらとか掃除して帰れよ」
「来たのも、勝手に来たんだからね。勝手に帰るのさ」
そう言うと、桜の精は手のひらを俺の目の前に突き出した。
「おやすみ」
「は?………………」




ピピピピピピピ…………。
うう、あと5分。
ピピピピピピピ…………。
あれ、俺っていつ布団に入ったっけ?
ピピピピピピピ…………。
そういえば昨日は。
ガバッと起き上がり、目覚ましを止める。
昨日は、桜の精が来たはずだ。
部屋の中を見回す。
………………やはり、来たのは夢ではないらしい。
床の上には、土と桜の花びらがあちこちに散らばっている。
…………掃除して帰れよ!
そして、床の上にはもうひとつ。
山盛りの桜もちが載った皿がおいてある。
…………一人でこんなに食えるかって。
テレビをつけて、改めて日付を確認する。
ああ、今日は月曜日か。
…………。
ヤバイ、バイトに遅刻する!






「春祭り」参加作品です。
使用お題:桜・花粉症・桜もち

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