紙くず愛好会





「ど、どうなっているんだ…?」
大事な仕事を早めに片付けようと朝早く会社に来た私は、オフィスの状況を見て 唖然とした。
床一面が、丸めた紙で覆われていたのだ。
手近な紙をいくつか手に取ると、どうやらオフィス中の紙が全て丸められたのだ ろうことが分かった。
再来月のカレンダー、白紙のコピー用紙、同僚の企画書、顧客データの控え、整 理前の伝票…。茶色いのは、封筒だろう。
「誰が、こんなことを…」
奥の方で、丸めた紙が微かに動いた。
「そこに、誰かいるのか?」
がさがさという音とともに、男が立ち上がった。
「ああ、すみません。つい、寝てしまいました」
人が良さそうな、私と同じくらいの年の男だ。まさか、こいつが紙を丸めた犯人 か?
「あ、あんたがこれをやったのか?」
「ええ、そうですが」
悪びれることもなく、あっさりと認めた。私が絶句している間に、男は話を続け た。
「営業部の高橋さんですよね?私、紙くず愛好会の内田と申します」
男―――内田は、丁寧な物言いで名刺を差し出してきた。私は、さらに絶句しつ つも、条件反射のように名刺を交換した。
「……紙くず愛好会、ですか?」
「ええ。あれ、ご存じありませんか?最近テレビのニュースで取り上げられたの ですが…」
「テレビは、あまり見ないもので」
「そうですか。では、簡単にご説明致します。私どもの活動は、企業内を完全I T化して、その後不要となりました紙を丸めてから回収するというものです。ご 理解いただけましたでしょうか?」
到底理解しにくい内容だ。完全IT化はまだしも、なぜ紙を回収前に丸めるのだ ろうか?回収後に丸めても同じではないのか?
「…あまりご理解いただけていないようですが、いずれはご理解いただけるでし ょう。あ、言い忘れておりましたが、この会社は紙くず愛好会のものとなりまし たので」
「な…」
「会社はなくなりますが、ご安心ください。社員の皆様は、自動的に紙くず愛好 会の会員となりますので」
「そんなので安心できるわけないじゃないですか」
「給料の面ですね?愛好会と言っても、会社のようなものですから。もちろん給 料も出ます。おそらく、この会社の給料よりも上になると思います」
「仕事というか、活動内容は何ですか?」
「入会後は、しばらく研修を受けていただきます。そして、それが終わり次第、 未加入の会社へ派遣されます。派遣先の会社でIT化の指導をすることになりま すね」
「なるほど…」
その時、後ろでドアの開く音がした。振り返ると、そこには顔面蒼白となった専 務がいた。きっと、紙くずでいっぱいのオフィスを見て驚いているのだろう。
「た、た、高橋君!何をやってるんだね、君は?」
「はい?」何を、そんなに慌てているのだろうか?まさか、私がこの紙くずの犯 人と疑われているのだろうか?
「ああ、専務の野中さん。おはようございます」
「お、おはようございます、内田様。うちの高橋が、ご迷惑をおかけしまして… 」
「いえ、迷惑なことはありません。お気になさらないでください」
いまいち、関係がよく分からない。専務はどうやら、私と内田が話していること に驚いたらしい。専務が敬語を使うなんて、内田は一体何者だろうか?
理解していない私を見かねたのかどうかは分からないが、専務はこう言った。
「内田様は、紙くず愛好会の創設者であり、現在の会長なんだよ」

あれから長いこと経った。
内田とは良い友人となり、仕事も悪くない。紙くずも好きになった。
ただ、回収前に紙を丸める必要があるのかどうかだけは、未だに分からない。





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