プール





外は闇。
月は、雲に隠れている。
その中を歩く、一人の影。
「暑いな…」
今は8月、夏休みの最中だ。暑いのも、当然のことだ。
そんな中、僕は学校へと歩いている。
迂闊にも、宿題を忘れたのだ。
昼間、友達と一緒に学校でやっていたのだ。
「学校に入れるかな…?」
そうつぶやきつつ、人気のない裏門の前に立つ。
本来の名前は「北口」なのだが、昼でも人気があまりないので、そう呼ばれている。
その門に手をかけ、飛び越えて中に入る。
警報機の類も、ついていないようだ。
一安心。
次は、校舎の中に入る方法だ。
入り口は開いていないだろうと思い、窓を調べてみる。
すると、1ヶ所、閉め忘れた窓があったので、そこから入った。
この学校のセキュリティは大丈夫か、と少しばかり心配してしまう。
夏休みには宿直がいないらしく、校内は暗くて静かだった。
足音を一応忍ばせて、3階にある教室へと向かう。
窓際にある、僕の机の中を調べる。
………が、ない。
宿題が、ない。
友達の机の中も探す。
……ない。
ロッカーの中も調べる。
……ない。
頭の中が、動揺とあせりでパニックになりそうだ。
と思ったとき、ポケットに入れておいたケータイが鳴った。
その音に、ビクッとしてしまう。
少し落ち着いてから出てみると、例の友達だった。
「なあ、今日借りた宿題の中に、やりかけのがあったぞ。」
……え?
思い出してみよう。
今日、会って、いくつかの宿題を貸した。
持ってきた宿題のうちのほとんどを貸した。
あの時に…?
「お前に貸した宿題の中に…?」
「ああ。いるんだろ?」
笑いたくなってくる。散々探したのに、意外なところにあるなんて。
「明日、渡そうか?借りたやつも返したいし」
「わかった。わざわざ、すまんな」
「それより、今どこにいるんだ?声が響いてるけど」
「学校に来てるんだ。宿題、忘れたかと思ってね」
「よく入れたな」
「運良く窓が開いていたからね」
「暗くて怖いっていうんだったら、今から行ってやってもいいぞ」
「そんなわけないだろ。もう用がないから、帰るし」
「何だ、帰るのかよ。ま、それじゃ明日な。お子様は早く帰って寝ろよ」
「お前もな」
冗談を言いつつ、電話を切った。
「何だ、そうだったのか」
そうつぶやきつつ、何気なく自分の席に座って、窓から外を眺める。
街灯が、闇の中で自己主張している。
と、校庭の横にあるプールが目に入った。
よく見ると…。
「誰か……いるのか?」
プールの中で、何かをしている人がいるらしい。
プールなんだから、泳いでいるんだろうけれど。
気になったので、行ってみることにした。
足音を忍ばせ、1階まで降り、校舎を出る。
それでもまだ、足音を忍ばせてプールへと進む。
男子更衣室の鍵は壊れているから、そこから入ったのだろう。
音をたてないようにドアノブに手をかけ、回す。
そして、見慣れた更衣室を通り抜け、プールへと進む。
少し影になったところから、プールにいる人物を見る。
水に浮かんでいたのは、見覚えのある顔…。
「高原…?」
「坂井くん、どうしてココにいるの?」
「僕は、宿題を取りに来たんだけど…」
「どうしたの?」
「貸してた」
「あら、まあ…」彼女が、笑いながら言う。
「で、高原はどうしてココにいるんだ?」
「暑いから、泳いでるの。見てて、分からない?」
「そりゃ、暑いけどさ。何も、学校で泳がなくてもよくないか?」
「忍び込むスリルが味わえて、いいじゃない」
「へえ、意外だな」
「私は、そんなに真面目な人間じゃないわよ。」彼女が、微笑む。
「そうか?」
「ええ。それより、坂井くんの方が真面目そうに見えるけど」
「そんなことないよ。だって、今こうやって学校に忍び込んでいるんだし」
その一言に、彼女が吹き出した。
「それもそうね。だったら、同じ者同士、プールで遊ぶ?」
「今日は暑いし、入ろうかな」
「そういえば、水着は持ってきてるの?」
「持ってきてないけど、このまま飛び込むよ」
「飛び込んだら、水の音が響いて、ココにいるのがばれるんじゃない?」
「その時は、『逃げるが勝ち』だよ」
「坂井くんって、結構面白いね」
「そう?」
「うん。で、飛び込むの?」
「そうするよ」
そう言って、サンダルとケータイを濡れない所に置いてその場で立ち止まる。
プールサイドの端にいるので、プールまでには少し距離がある。
なぜか、ここから走って飛び込みたくなった。
暑いせい、かもしれない。
「いくよ」
そう言って、僕は走り出した。
彼女は驚いた顔をしていた。でも、楽しそうにも見えた。
激しい水音と水しぶきを上げて、僕は水中へとダイブした。
水が、体温を少しだけ奪う。
水を吸ったTシャツが、肌に貼りついた。
気持ちがよかった。
宿題のことで感じていた軽いストレスも、水しぶきとともに消えていった。
彼女は、本当に飛び込むと思っていなかったのか、少し驚いた顔をしたが、その後、笑った。
「楽しそうね。私もやろうかしら」
少し、意外な言葉が出てきた。
「やる?」
「そうよ」
そう言って、彼女はプールサイドの端へと行く。
「いくよー」
彼女がそう言って、走ってきた。
また、激しい水音と水しぶきがあがる。
「これ以上は、うるさくなるからやめておこう。」
「そうだね。じゃ、次は何をして遊ぶ?」
「うーん…。あっ、そういえば…」
「何?」
「僕たちって、こんなに話したの初めてだよね?」
「そういえば、そうよね。じゃ、これからよろしくね」
彼女は、僕をドキドキさせるような一言を言った。
そんなつもりはないだろうが。
ため息のように、ふう、と息を軽く吐き、水に仰向けに浮かぶ。
今は夏、今夜も暑い。



いつの間にか、雲に隠れていた月が星空に浮かんでいた。





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